七夕と笹の由来④~浦島太郎と道教思想~:不況対策!個人でも有効な方法



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2013年7月15日


七夕と笹の由来④~浦島太郎と道教思想~

先日来から、七夕と笹の関係について、色々述べていますが・・・



その中で、七夕と浦島太郎が関連がある事を示しました。
浦島太郎が海に釣りに出かけたのは、旧暦7月7日であることも、決して偶然ではありません。


▼島児神社の浦島太郎像(京丹後市網野町浅茂川明神山382)


近江の天の川(息長川)の河口には、七夕伝説のある、朝妻筑摩がありますが、
丹後半島の浦島太郎の伝説がある与謝郡管川村のすぐ隣は、昔は朝妻村(伊根町)でした。



浦島太郎(浦島子伝説)は、七夕伝説と切っても切れない関係にあるのです。


そういった事を知って頂いた上で、今回は、
浦島太郎伝説に隠されている、道教思想を紐解いて見たいと思います。


浦島太郎の原文(日本書紀および丹後国風土記)

ここで、一度、浦島太郎の原文を確認して見ましょう。
原文は、「日本書紀」と「丹後国風土記」です。

(原文は、長いので、適当に読み飛ばして下さい)


<日本書紀>

(雄略天皇)22年(478年)の春正月の己酉の朔に、白髪の皇子を以て皇太子とした。
秋七月に、丹波国の余社郡の筒川の人、瑞江浦嶋子が、船に乗って釣をした。

遂に大亀を得た。たちまちに亀は女性に化した。
ここに浦嶋子、心がたかぶって、その女性を妻とした。そして、一緒に海に入った。

二人は、蓬莱山に到って、そこで不老不死の仙人をつぶさに目にした。
詳細は別巻にある。(※別巻は、丹後国風土記と思われる)


<「丹後国風土記逸文」の浦嶋子伝説>

「丹後の国の風土記にいう、

与謝の郡。日置の里。この里に筒川の村がある。
ここに日下部首らの先祖で、名を筒川の嶋子という男があった。
生まれつき容姿は秀麗で、風流なことは比較すべきものもなかった。
これは世にいうところの水の江の浦の嶋子という者である。

このことはすべてもとこの国の国司であった
伊予部馬養連が書いていることとすこしも違っていない。
それ故、簡単にそのいわれを述べよう。

長谷の朝倉の宮に天の下をお治めになった天皇(雄略天皇)の御世に、
嶋子はひとり小船に乗って海の真っただ中に浮かんで釣りをしたが、
三日三晩たっても一匹の魚さえとることができず、ただ五色の亀をとることができた。

心中不思議な思いで船の中に置いてそのまま寝てしまうと、
たちまちに亀は婦人となった。その顔かたちの美しさはたとえようがなかった。

嶋子は尋ねて
『人家ははるかに離れて、海上には人影もない。
それなのに忽然として現れるとはいったいどこのお方なのか』というと、

女娘は微笑して答え
『風流なお方がひとり大海原に浮かんでらっしゃる。
親しくお話ししたいという気持ちをおさえ切れず、風雲とともにやって来ました』
といった。

嶋子はまた訪ねた。
『風雲はいったいどこから来たのか』。

女娘が答えていうには、
『天上の仙家の人です。どうか疑わないで下さい。
語らいあって打ち解けてくださいませ』といった。
そこで嶋子は神女であることを知り、恐れ疑う心が静まった。

女娘は語って
『わたしの心は、天地と終わりを同じくし、
日月とともに極まるまで、あなたと永遠に添いたいと思います。』といった。

嶋子は答えて、
『なに一ついうことはありません。
どうして(あなたを愛する心に)ゆるむようなことがありましょうか』といった。

女娘は『それではあなた、
棹をとり直して蓬莱山(とこよのくに)に行こうではありませんか』といった。

嶋子が従って行こうとすると、女娘は注意して目をつぶらせた。
と思う間もなく、海中の広くて大きい島に着いた。
地には玉を敷いたように美しく、高い宮門は大きな影をおとし、
楼殿はあざやかに照り輝き、いまだかつて見たこともなく、
耳に聞いたこともないところであった。

二人は手をとりあってゆったりと歩いて、一つの大きな邸宅の門に着いた。
女娘は、『あなたはここでちょっと待っていて下さい』
といって門をあけて中に入っていった。

すると七人の童子がやってきて、互いに語り合って
『この人は亀比売の夫だ』と言った。

また八人の童子がやってきて、 互いに語り合って『この人は亀比売の夫だ』といった。
そこであの女娘の名が亀比売であることを知った。

そこへ女娘が出てきたので、嶋子は童子たちのことを語った。
女娘は、『その七人の童子は昴星です。八人の童子は畢(あめふり)星です。
怪しまないでください』といって、先に立って案内し、内に引き入れた。

女娘の父母はいっしょに出迎え、挨拶のお辞儀をして座についた。
そして人間と仙都との差別を説明し、人と神とが稀に出会えたことの喜びを語った。

そこで数百品の芳香のある食べ物をすすめ、兄弟姉妹たちは杯をあげてやりとりをし、
隣の里の洋徐たちも美しく化粧をして接待をして戯れ遊んだ。

仙歌は声もさわやかに、神の舞は手ぶりもなよやかに、
饗宴のさまは人間世界に数万倍した。

まったく日の暮れたのも忘れたが、ただ黄昏時になって
たくさんの仙人たちがしだいに退散すると、女娘がひとりとどまって
肩を寄せ合い袖を交わし、夫婦の語らいをした。

時に嶋子は旧俗(ふるさと)を忘れ、千都に遊ぶこと三歳を経過した。
たちまちに郷里を思う心がまき起こり、ひとり両親を恋い思った。

それで悲哀の情がはげしくおこり、嘆きは日ましに強くなった。
女娘は問うて、『このごろあなたの顔色を見ると、いつもの様子と違っています。
あなたの思ってらっしゃることを打ちあげて下さい』といった。

嶋子は答えて、『古人は、世の常の人間は郷土を思い、
狐は自分の古巣の山の方を頭にして死ぬとかいっています。
自分はそれを嘘だと思っていましたが、今それはまことだと知りました』といった。

女娘は問うて『あなたは帰りたいのですか』というと、
嶋子は答えて、『私は近親や知り合いの人から離れて遠い神仙の境界に入りました。
それを恋いしのぶ心をおさえることができないで、
軽率な思慮のほどを口に出してしまいました。
できれば、しばらくの間もとにいた国に還って両親にお会いしてきたいものです』
といった。

女娘は涙を流して、
『私の心は金石と同様、千年も万年もと期していたのに、
郷里のことを思い出して私をたちまち棄て忘れてしまうとは・・・』と嘆いていった。

そして二人手をとりあってさまよい、語り合い、なげき哀しんだが、
ついに袂をひるがえして立ち去り、岐路についた。

ここにおいて女娘の父母と親族たちは別れを惜しんで送った。
女娘は玉匣をとって嶋子に授けていうには、
『あなたは本当に私を忘れないで、恋い尋ねてくださるのならば、
この匣をしっかり握って、決して開いてみてはいけません』と。

すなわちお互いに分かれて船に乗って目を眠らせると、
たちまちにもとの郷里の筒川の郷に着いた。

そこで嶋子は村里をつらつら眺めてみると、
人も物も移りかわって、一向に頼るべきところもなかった。

かくで里びとに
『水江の浦の嶋子の家の人たちは今どこに住んでいるのでしょうか』と聞いた。

郷人は答えていった。
『あなたはいったい何処の何者で、そんな遠い昔の人のことをきくのですか。
私が古老たちのいい伝えを聞いたところでは、ずっとさきの世に
水江の浦の嶋子というものがあって、ひとり海に遊びに出たきり二度と還ってこない。
今までに三百余歳を経ている、ということです。
なんで突如としてそんなことを聞くのだろう』と。

そこで、絶望の心をいだいて郷里をあるき廻ったけれども、
ひとりの親しい人にもあわず、すでに十数日たってしまった。

そこで玉匣を撫でて神女のことをしみじみとしのんだ。
かくて嶋子はすぎた日に約束したことを忘れ、ただちに、玉匣を開いた。

すると一瞬のうちににおうがごとき若々しさは風雲とともに蒼空に飛び去ってしまった。
嶋子は、もはや約束にそむいたので、また再び会い難いことを知って、
頭をめぐらしてたたずみ、涙にむせんでさまよった。
ここに涙をぬぐってうたった。

常世べに 雲たちわたる 水の江の 浦島の子が 言持ちわたる
神女ははるかに芳香を飛ばして歌った。

大和べに 風吹き上げて 雲離れ 退き居りともよ 吾を忘らすな
嶋子はまた恋の思いにたえかねて歌った。

子らに恋い 朝戸を開き 吾が居れば 常世の浜の 波の音聞こゆ
後の時代の人がそのあとに付けくわえて歌った。

水の江の 浦島の子が 玉匣 開けずありぜば また逢わましを
常世べに 雲たちわたる たゆまくも はつかまどいし 我れぞ悲しき


上記の物語で、まず言っておかないといけないのは、、、
浦島太郎の原作者が、伊予部馬養連(いよべのうまかい)であると言う事です。

この人物は、大宝律令の撰定にも携わっている人物です。


<日本人名大辞典 伊予部馬養連(いよべのうまかい)より>

?-702 飛鳥(あすか)時代の官吏。
持統天皇3年撰善言司(書物編集官)。
文武天皇4年大宝(たいほう)律令撰定の功で禄をさずけられる。
丹後守のとき,「瑞江(みずのえ)浦島子伝(浦島伝説)」を採録したという。
「懐風藻」に1首おさめられている。大宝2年死去。氏は伊与部,伊預部,名は馬飼ともかく。


上記の通り年代的には、天武天皇~藤原不比等までの記紀編纂の時期を生きていた人物です。
大宝律令の撰定にも関わっている人物で、彼が「瑞江浦島子伝(浦島伝説)」を書いたのです。

彼が、丹後の伝説を元に「瑞江浦島子伝」を創作したのか?
それとも、元から、丹後の伝説に「瑞江浦島子伝」があったのか?

・・・これについては、今となっては分かりません。

しかし、日本書紀に雄略天皇紀に「瑞江浦嶋子」の話があるのは、
この伊予部馬養連(いよべのうまかい)の話が、元になっていると見て間違いありません。

一つ可能性として言える事は、、、

日本書紀の雄略天皇紀に、伊予部馬養が後世になって作った、「瑞江浦嶋子」の物語を、
わざわざ組み入れた可能性がある!という事は覚えておいて貰いたいと思います。


では、作者について触れたところで、浦島太郎の道教思想に触れていきましょう。


瑞江浦嶋子の名前に隠された謎

先ほどの浦島太郎の物語の原文に、赤字で入れた部分を見れば一目瞭然ですが、
浦島太郎伝説には、道教思想が組み入れられています。

蓬莱山(とこよのくに)であるとか、不老不死、五色の亀などは、
完全に道教思想の影響を受けている事が良く分かります。


それを最も、如実に示しているのが、「瑞江浦嶋子」の名前であり、
ここには、十干(じっかん)が含まれていて、瑞江=水の兄(みずのえ)を示しています。


十干(じっかん)は、甲・乙・丙・丁・戊・己・庚・辛・壬・癸の10の要素の順列。
干支を書くとき干を支の前に書くことから天干(てんかん)とも言う。

みずのえは、「壬(みずのえ)」です。
壬申の乱にある、「壬=みずのえ」と全く同じですね。


ちなみに、壬申の乱によって、天皇になった天武天皇は、
天渟中原瀛真人天皇(あまのぬなはらおきのまひとのすめらみこと)と言いますが、

瀛は道教における東方三神山の一つ瀛州(残る2つは蓬莱、方丈)で、
真人(しんじん)は優れた道士をいい、瀛とともに道教的な言葉です。

さらに、天武天皇は、幼少期に凡海氏(海部一族の伴造)に養育を受けてもいます。


なお、天皇という言葉が一般に使われ出したのも、天武天皇からです。
※ただし、聖徳太子の時代に既に天皇と言う言葉はあった模様

天皇と言う言葉は、天皇大帝(てんのうだいてい)北辰(天の北極)のことを示し、
これも、道教思想によるネーミングと言えます。


丹後の国の国司であった、伊予部馬養は、主人公に、瑞江浦島子と名付けたことから、
道教思想にかなり造形の深い人物であった事が伺えますし、

わざわざ、陰陽五行の水の属性である瑞江(水の兄=壬)を選んだ裏には、
記紀編纂を命じた、天武天皇の「壬申の乱」を意識していたのではないでしょうか。

そして、その天武天皇は、丹後国を拠点にする海部一族に養育された天皇で、
やはり、丹後国の浦島子伝説とも、密接に関わりがありそうだと言う事が伺えます。


壬申の乱が起きたのは、やはり「近江の天の川(息長川)」であり、
その辺も、近江の朝妻筑摩と丹後国の朝妻村が何かリンクしているように思います。


まぁ、謎はすぐに解く事は難しいですが、以上のような事柄から、
浦島太郎に、道教思想が深く関わっている事だけは分かって頂けたのではないでしょうか。


昴星と畢星

ところで、浦島太郎のストーリーには、なぜか、途中で童子が出てきます。


すると七人の童子がやってきて、互いに語り合って
『この人は亀比売の夫だ』と言った。

また八人の童子がやってきて、 互いに語り合って『この人は亀比売の夫だ』といった。
そこであの女娘の名が亀比売であることを知った。

そこへ女娘が出てきたので、嶋子は童子たちのことを語った。
女娘は、『その七人の童子は昴星です。八人の童子は畢(あめふり)星です。
怪しまないでください』といって、先に立って案内し、内に引き入れた。


上記で出てくる「七人の童子の昴星」、「八人の童子の畢(あめふり)星」ですが、
これは、中国の「二十八宿」の星座を示しています。


現代の星座で言えば、
昴星=おうし座17番星(プレアデス星団)であり、
畢星=おうし座イプシロン星(ヒアデス星団の1つ)です。


要するに、この「七人の童子」と「八人の童子」は、両方とも牡牛座なんです。


▼牡牛座の中にある昴星と畢星


そう考えると、浦島太郎のストーリーに唐突に出てくる童子は、
浦島太郎(牽牛)と乙姫(織姫)とともに、牽牛の連れているを示しているとは思いませんか?


こう考えると、浦島太郎は、七夕伝説と同じモチーフである事が分かります。


昴星(プレアデス星団)は「統べる」象徴?

少し話題が逸れるんですが、、、昴星が出てきたので、昴の意味についてお話します。

実は、昴(スバル)には、「すばる(統ばる)」または「すまる(統まる)」という、
「すべる(統べる)」に対する自動詞形での意味があります。


「統一されている」「一つに集まっている」という意味の象徴が昴星だと思われます。


記紀では、天照大神と素戔嗚尊との誓約(うけい)の場面で、この「統まる」が出てきます。


素戔鳴尊、天照大神の髻鬘(みいなだき)及び腕(たぶさ)に纏(ま)かせる、
八坂瓊(やさかに)の五百箇(いほつ)の御統(みすまる)
乞(こ)ひ取りて、天真名井に濯ぎて、然に咀嚼みて、吹き棄つる気噴の狭霧に生まるる神を、
正哉吾勝勝速日天忍穂耳尊と曰す。
次に天穂日命。次に天津彦根命。次に活津彦根命。次に熊野樟日命。
凡て五(いつはしら)の男(ひこがみ)ます。


この誓約の勝負では、天照の八坂瓊の五百箇の御統から、五柱の男神が生まれ、
スサノオの十塚剣から三柱の女神が生まれており、七五三と関わりの有る場面です。

その場面で、昴星の象徴とも言える御統(みすまる)が出てくるのには、
昴星が、暗に七五三と関わりがあることを暗示しています。
※御統(みすまる)=多くの勾玉や管玉を緒で貫いてまとめて輪にしたもの


さらに、記紀においては、御統(みすまる)が、七夕(棚機)と直結している歌があります。
それが、下照姫が詠んだ下記の歌です。


天(あめ)なるや 弟棚機(おとたなばた)の 項(うな)がせる
玉の御統(みすまる) 御統(みすまる)に あな玉(だま)はや
み谷 二(ふた)わたらす 阿遅志貴(あぢしき) 高日子根(たかひこね)の神ぞ


※"おとたなばた"の部分は、古事記は弟棚機、日本書紀では弟織女となっています


ここまで考えると、「御統(みすまる)=統まる(統べる)=昴」と「七夕」とが、
非常に高い相関性を示している事が、明らかに分かるのではないでしょうか。


今回は、深くは触れませんが、ここまで分かれば、
カゴメ歌の「夜明けの晩に鶴と亀が統べった」の「統べる」も、
昴や御統の珠(みすまるのたま)を暗示する、七夕の関連語句と言う事が分かりますよね?


ちなみに、聖書の方でも、ヨブ紀などに、昴星(プレアデス)は出てきます。


<ヨブ紀 38章31-33節>

あなたはプレアデスの鎖を結ぶことができるか。
オリオンの綱を解くことができるか。

あなたは十二宮をその時にしたがって引き出すことができるか。
北斗とその子星を導くことができるか。

あなたは天の法則を知っているか、そのおきてを地に施すことができるか。




<ヨブ紀 9章6-10節>

彼は、山を移されるが、山は知らない。
彼は怒りをもって、これらをくつがえされる。

彼が、地を震い動かしてその所を離れさせられると、その柱はゆらぐ。

彼が日に命じられると、日は出ない。彼はまた星を閉じこめられる。
彼はただひとり天を張り、海の波を踏まれた。

彼は北斗、オリオン、プレアデスおよび南の密室を造られた。
彼が大いなる事をされることは測りがたく、不思議な事をされることは数知れない。


※上記以外にも、アモス書5章にもプレアデスが出てきます


上記でも、「プレアデスの鎖を結ぶ」というように、「統べる」意味で昴が扱われています。

聖書と記紀とで、昴が同じ意味で扱われているのは、実に不思議ですが、
昴星は、一つに統べる象徴」なのかもしれませんね。


ちょっと記事が長くなりましたので、今回のお話はココまでとします。

次回は、乙姫の名前になっている、
亀比売(かめひめ)の亀、、、について、掘り下げて解説したいと思います。



続き:⇒七夕と笹の由来⑤~神道の七五三の由来と亀~

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