七夕の謎⑦〜銅鐸の用途とその起源〜:不況対策!個人でも有効な方法



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2013年4月16日


七夕の謎⑦〜銅鐸の用途とその起源〜

これまで、下記の通り、「七夕の謎」というテーマで、色々考察を続けてきました。
「どんだけ続くんだ?」ってな感じですが、、、今回で一旦、一区切りを入れようと思います^^;

今回は、中間まとめとして、「日本にいつ七夕の風習が伝わったのか?」ということと、
「日本に七夕が伝来するきっかけとなった出来事は何か?」を類推していきます。






七夕の風習はエジプトを発祥として、イスラエル人とともに古代中国の秦にまで伝わり、
そして、その秦からは、徐福の技術者集団(物部氏)が日本へと渡来してきています。

残念ながら、徐福集団が日本に七夕をもたらしたかどうかは、正確には分かりません。
しかしながら、管理人は、その可能性はかなり高いと思います。


その事は、、、実は、銅鐸を類推していくことで分かるのです!


銅鐸に隠されている七夕

以前管理人は、「銅鐸の絵の意味と式年遷宮の神宝」の記事において、
日本の銅鐸に描かれた紋様(絵)について解説しました。


そして、数ある銅鐸の中には、下記のような、
エの字型の呪具である桛(カセ)を持った人物が描かれている事も紹介しました。



【画像は「銅鐸に描かれた絹関連の道具」より引用】


▼三重県・八代神社「金銅製桛」(かせは、木へんに上下)


桛(かせ)とは、紡錘(つむ)で紡いだ糸を巻き取るH形の道具です。
ですので、この人物の絵は、機織りの仕事をしている絵と理解できます。


ここまでは、まぁ良いのですが・・・問題は、先ほどのDの絵(下記)なんです。


どう見ても、人物の下に描かれているのは、""です。
ここで「機織りをする人物」と「」という、ミスマッチが見られる訳です。

普通は、魚と一緒に機織りする人なんて考えられません。
そんな事をする人物と言えば、、、思い当たるのは、そう。唯一、あの人物だけです。



すなわち、七夕の織姫こそが、その人物です。

織姫ならば「天の川のほとりで、機を織る女性」として、
魚(天の川の暗示)のすぐそばで機織りをしていても、全くおかしくはありません。


そう理解すれば、、、
銅鐸の絵に描かれた桛(カセ)を持った人物は、七夕の織姫である!
・・・と比定できるわけです。


そして、そこからもう一つ大事な結論が導かれますが、、、
古代の祭祀において、銅鐸は重要な呪具だったと考えられます。

その銅鐸に、七夕の織女が書かれていると言う事は、、、
少なくとも弥生時代には、七夕の風習が日本に伝わっており、
日本の祭祀と七夕とが密接に関わっていた!
・・・と言える訳です。


銅鐸の作成年代と織姫

さて、こうなってくると、銅鐸の絵柄として、
"桛(かせ)を持つ織女"が、いつ頃から描かれていたのか?という事が気になります。

まず、管理人が調べる限りでは、
銅鐸が作られるようになったのは、弥生時代の前期後半からだそうです。


<銅鐸の類型と時代区分>

  • Ⅰ式(菱環鈕式)は、弥生時代前期後半で前3世紀-前2世紀
  • Ⅱ式(外縁付菱環鈕式または外縁付鈕式)は、中期前半で前2世紀-前1世紀
  • Ⅲ式(内外縁付菱環鈕式または扁平鈕式)は、中期後半で前1世紀-後1世紀
  • Ⅳ式(突線鈕式)は、中期末から後期で1世紀-3世紀

上記は、「弥生時代の銅鐸の文様の源流について」より引用


次に、銅鐸に"桛(かせ)を持つ織女"が見られるのは、少なくとも
起源前2世紀~起源前1世紀に作成された国宝 袈裟襷文銅鐸(伝香川県出土)には、
このカセを持った女性が、既に現れています。


ですので、この「起源前2世紀~起源前1世紀ごろ」には、
既に、七夕の風習が日本に伝わっていたと見なして良いと思います。


一方、徐福が日本に渡来したのは、、、
一度目の渡航が紀元前219年で、二度目の渡航が紀元前210年です。

つまり、徐福が日本に渡来したのは紀元前3世紀末ですので、
これは銅鐸の生成年代である「起源前2世紀~起源前1世紀ごろ」にほぼ一致します。


このような事から、管理人は、
日本の七夕の風習も、徐福の技術者集団(物部氏)がもたらした可能性も十分あり得る
・・・と考えます。

現在の一般常識では、日本の七夕の起源は、奈良時代頃からと考えられていますが、
実は、それよりはるか前から、七夕が伝わっていた可能性は高いです。


銅鐸は九州にもあった!

次に、銅鐸の起源について考えてみたいと思いますが・・・
実は、これまで、日本の銅鐸の起源は正確には分かっていませんでした。


銅鐸の分布範囲も、これまでは"近畿や東海地方のみ"だと考えられ、朝鮮の鈴が、
日本において独自進化したものが銅鐸である・・・と理解されてきたのが実情です。

▼三遠式銅鐸の分布範囲

▼近畿式銅鐸の分布範囲


しかしながら、、、
昨今は、(近畿に比べると圧倒的に数は少ないものの)九州北部でも銅鐸が出土しています。

▼銅鐸分布図


特に、佐賀県では、吉野ヶ里遺跡では、銅鐸が出土していますし、
鳥栖市の安長田遺跡では、"銅鐸の鋳型"までが出土しています。

このように、特に九州でも、佐賀県辺りの北九州地方は、
銅鐸を作成する技術を持った集団が居たことが実証されています。


参考サイト:九州の銅鐸


そして、地理的に考えると、、、
吉野ヶ里遺跡は、「秦の方士 徐福伝説と物部氏の正体(後編)」で述べたように、
徐福集団の2度目の日本の上陸地(北九州の西側)のすぐそばです。



このように、考えると・・・
もしかすると、七夕だけでなく、銅鐸文化も、徐福集団由来だとは考えられないでしょうか?

※なお、九州で銅鐸があまり盛んでなかった理由は、以前にも言った通り、
この技術者集団(物部氏集団)が、その後、畿内に移動したとすれば説明可能です。


ちなみに、九州の吉野ヶ里遺跡で発見された銅鐸は、「福田型銅鐸」と呼ばれる銅鐸で、この銅鐸の鋳型は九州で見つかっているため、九州発祥の銅鐸です。

福田型銅鐸は特殊で、鈕の形態からは外縁付鈕式(Ⅱ式)に分類できるようですが、その年代については、外縁付鈕式(Ⅱ式)よりも後出するとする説もある一方、菱環鈕式(Ⅰ式)に先行するという説もあります。

残念ながら、福田型銅鐸の年代は専門家でも見解がバラバラですので、徐福の時代のものか後世のものなのかの判定が出来ません。

参考サイト:銅鐸分布考 型式分類-佐原編年


銅鐸の起源は越の青磁器の鐸(さなぎ)にあった!

さて、以上の通り、銅鐸には七夕思想を含んだ織姫の絵が見られ、
その銅鐸は、(年代が分からないものの)徐福の二度目の上陸地点である北九州でも見られました。

このように、「徐福集団が日本に七夕や銅鐸をもたらした」という仮説は、
現段階では、あくまで可能性が高いだけで、断定まではできない状態です。


しかしながら、昨今、中国において、管理人の仮説を補強する新発見がありましたので、
下記に紹介したいと思います。


日本の銅鐸のルーツ? 中国で青磁器の「鐸」出土
Yahoo!ニュースより引用



【中国江蘇省無錫市の越時代の貴族墓から出土した鐸(共同)】



<日本の銅鐸のルーツ? 中国で青磁器の「鐸(さなぎ)」出土>

※青磁器は、紀元前14世紀頃の中国(殷)が起源とする陶磁器

【上海9日共同】中国江蘇省無錫市にある
春秋戦国時代(紀元前770-同221年)の地方国家、の貴族墓から、
日本の弥生時代の銅鐸(どうたく)に形が似た青磁器の鐸がこのほど出土した。

発掘調査を担当した南京博物院考古研究所の張敏所長が9日までに明らかにした。

日本の銅鐸は、中国大陸を起源とする鈴が朝鮮半島から伝わり
独自に発展したというのが定説だが、張所長は、
鐸が中国南部の越から日本に直接伝わった可能性があると指摘している。

稲作農耕を中心とする弥生文化のルーツ解明にも影響を与えそうで、
発掘結果をめぐる今後の議論が注目される。
(共同通信)


上記の発見の前まで、銅鐸のルーツは中国の馬鈴にあると言われてはいたものの、
日本の銅鐸に類似するものが見つかっていませんでした。
※ただし、後述する鐃(ドウ)を除く

そんな中で、上記のように、春秋戦国時代(紀元前770~紀元前221年)のの貴族墓から、
日本の銅鐸に似た青磁器の「鐸」が発見されましたので、、、

日本の銅鐸の起源も、中国南部の越にある可能性が高いのではないかと思います。


そして大事な事ですが、、、
徐福村(江蘇省連運港市カン楡県)」があったのも、やはり越の国です。

また、徐福が日本に連れてきた技術者も、多くは海にほど近い越の国から連れて来られたと考えられます。


このようにして考えますと、、、
日本の銅鐸文化も、徐福の技術者集団が発祥である可能性が高い!
・・・と管理人は考えます。


銅鐸の用途は何なのか?

最後に、もう一点、銅鐸について大事な事を述べておこうと思いますが・・・
実は、これまで多くの銅鐸が出土している割に、その用途は、全く不明でした。


実際、Wikipediaにも、下記のように書かれています。


Wikipedia「銅鐸の用途」より

現在のところ用途は未だ定かではないが、出土状況や表面に遺された痕跡などから
使用方法はある程度明らかにされている。

銅鐸はその形状ゆえ、初期の小型の物は鈕の内側に紐などを通して吊るし、
舞上面に開けられた穴から木や石、鹿角製の「舌(ぜつ)」を垂らして
胴体部分か、あるいは「舌」そのものを揺らし、
内部で胴体部分の内面突帯と接触させる事で鳴らされたと考えられる(西洋の鐘と同じ)

(中略)

1世紀末頃には大型化が進み、鈕が薄手の装飾的な物への変化が見られることから、
(異論はあるが、)音を出して「聞く」目的から地面か祭殿の床に置かれて
「見せる」目的へと変化したのではないかと言われている。
これは「聞く銅鐸」から「見る銅鐸」への展開と呼ばれ、
鈕・鰭外部に耳が付くことが多くなる。


上記のように、日本の銅鐸は初めと後で、その使い方に差異があったと思われますが、
取りあえず、「鳴らす」ことに、主目的としてあったようです。

しかし、「銅鐸の用途は未だ定かではない」と書かれているように、
具体的な使用方法としては、多くの説はあるものの、未だ定説はありません。


ですが、先の記事で、古代中国の越の国の貴族の墓に、
青磁器の鐸が納められて居た事を考慮すると、
鐸が死者葬送の儀礼に関わっている可能性は無きにしも非ずです。

また、鐸は「さなぎ」と呼びますが、この"さなぎ"は、蛹(さなぎ)にも通じますので、
蛹が脱皮して成虫になるように、死と復活の願掛けの意味があった可能性があります。


しかし、その一方で、日本の銅鐸は少し奇妙な使われ方が為されています。

実は、日本の銅鐸は、最初から土中に埋める目的で使われているのですが、
住居跡からの出土はほとんど無く、墓からの副葬品としての出土例は一度もないのです。


先ほど鐸が「死と復活の象徴としての祭具」である可能性に言及しましたが、
肝心かなめの墓から出土しないというのは、、、どうにも不可解です。


こう言うところから、銅鐸の使われ方として、
""の死と復活と言う意味合いで使われた可能性は薄そうです。


しかし、その一方で、『延喜式 卷第二』の鎮魂祭には、こうも書いてあります。


<延喜式 卷第二 四時祭下 鎮魂祭>

大直神,一座。
大刀一口,弓一張,箭二隻。鈴廿口。佐奈伎廿口。・・・


上記に、佐奈伎(さなぎ)と書いていますが、これは鐸(さなぎ)の事です。
また、大直神は、直毘神(なおびのかみ)であり、穢れを払い、禍(まが)を直す神です。


上記のように、鎮魂祭において、直毘神に鐸が供えられていることから、
銅鐸の用途としては、本来、こうした鎮魂祭の祭祀具にだった事が伺えます。

また、銅鐸の使用目的も、「」を対象に「死と再生」を願うのではなく、、、
神々の霊」を対象に「凶事を吉事に直す」のを願うのが、銅鐸の用途だと考えられます。



なお、銅鐸は、そのほぼ全てが土中に埋められて発見されていますが・・・
現在でも、家を新築する祭の地鎮祭には、神主さんに頂いた御鎮物を
家の基礎の下の部分に、お守りとして埋め込む風習が残っています。

古代において銅鐸が土中に埋められていたのも、
言わば、こうした神々の御鎮物の意味合いがあったからではないでしょうか?


▼下記のように、銅鐸は山の中腹の土中から出てきます


ちなみに、なぜ銅鐸が山の中腹に埋められているのか?と言う具体的な理由は、
真弓常忠氏が、著書「古代の鉄と神々」の中で、その理由を喝破しています。


すなわち、池沼の葦などの植物の根に吸着する褐鉄鉱の集合体である
高師小僧の生育を願い、高師小僧の出来る池沼が見渡せる山の中腹に、
(高師小僧と同類の霊を持つ)銅鐸が埋められたと解いています。


▼高師小僧(古代の製鉄の材料)

この辺りの詳しい事は、下記で述べられていますので、ご参考下さい。


高師小僧は古代の製鉄原料だった?

上記に説明されているように、砂鉄による"たたら製鉄"が始まる以前の日本は、
高師小僧のような褐鉄鉱を用いた製鉄が行われていました。

そして、高師小僧が多く取れるようにと願った祭祀が、銅鐸だった訳です。


銅鐸は、巨大古墳が作られる古墳時代になって姿を消しますが、
この段階では"たたら製鉄"が始まり、褐鉄鉱を使った製鉄法が衰退しました。
その結果、銅鐸を使った祭祀も必要が無くなり、銅鐸文化が衰退したと考えられます。


なお、「字統」で調べてみると、古代中国の殷の時代においても、
中国の江南地方(越周辺)で鐃(ドウ・くすみ)という楽器が山陵地帯に埋められ、
呪鎮の意味を持つ呪具として・祭器として使用された事が書かれています。

山に呪具を埋めるのは、中国江南地域における古来からの風習のようです。


以上が、日本の銅鐸の用途と使い方の謎解きです^^;
少し難しかったかもしれませんが、理解できましたでしょうか?


ちなみに、Wikipediaには、銅鐸は最初「聞く銅鐸」であったと書かれているように、
銅鐸が造られた当初、銅鐸が放つが、神々と人間との間を取り持つ
仲立ちの役割を果たすと考えられていた可能性が高いと思われます。

このように「」は、古代において、神と人間を繋ぐ大事な架け橋であり、
管理人が、七夕の謎①「神は音を見る」と述べた、その言葉通りです。


<サムエル記上16章23節>
神から出る悪霊がサウルに臨む時、ダビデはをとり、
手でそれをひくと、サウルは気が静まり、良くなって、悪霊は彼を離れた。


<古事記 神功皇后 摂政前紀>
三月一日、皇后は吉日をえらんで斎宮に入り、自ら神主となられた。
武内宿禰に命じてをひかせ、中臣烏賊津使主(いかつのおみ)をよんで
審神者(さにわ)(神託を聞いて意味を解く人)とされた。

良い音は、悪霊を離れさせ、正しい神を呼ぶ呼び水となる、、、
上記記述は、古来、音の重要性が、今以上に意識されていた証拠ではないでしょうか?


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