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2013年6月12日


浦島太郎の原作と作者を考える

日本人なら、誰でも知っている浦島太郎。
ですが、その浦島太郎のストーリーの中には、真実の日本の歴史が隠されています。

古事記や日本書紀、風土記を丁寧に読み解くと、それが分かってきます。
今回は、それを考える意味で、浦島太郎の原作と作者を抑えておきたいと思います。

(今回の記事は、単なる資料です)


原作は3種類ありまして、「日本書紀」「風土記」「万葉集 」にそれぞれ見えます。

それぞれの箇所を、下記に抜き出してみます。


「日本書紀」の浦嶋子伝説

(雄略天皇)22年(478年)の春正月の己酉の朔に、白髪の皇子を以て皇太子とした。
秋七月に、丹波国の余社郡の筒川の人、瑞江浦嶋子が、船に乗って釣をした。
遂に大亀を得た。たちまちに亀は女性に化した。
ここに浦嶋子、心がたかぶって、その女性を妻とした。そして、一緒に海に入った。

二人は、蓬莱山に到って、そこで不老不死の仙人をつぶさに目にした。
詳細は別巻にある。(※別巻は、丹後国風土記と思われる)


▼日本書紀(三)の雄略天皇条にあります


<日本書紀の雄略天皇条(浦島太郎)の編者(作者)誰か?>

言語学者の森博達によると、『日本書紀』の音韻・真仮名の用字・文法・語彙などから、
正格調の漢文で書かれ倭習の少ないα群(巻14雄略~19欽明、巻24皇極~27天智)、
表記や文法に強い倭習が認められるβ群(巻1神代~13允恭安康、巻22推古~23舒明)
・・・に分けて分析出来るとしています。

α群の著作者は、当時の唐の音韻を正確に把握している一方で
倭の習俗・語法を理解できていない部分が多く認められることから、
これらが渡来唐人一世によって書かれた可能性が高いとし、
具体的な作者として続守言・薩弘恪を当てています。

さらにα群の中でも巻14~巻19までと、巻24~巻27までは担当者が異なる形跡があり、
後者の巻26に続守言本人の来倭記事に自身が別伝を附することはあり得ないため、
巻14~巻19までの作者が続守言であったと結論づけています。


詳しくは、「日本書紀 成立の真実 - 書き換えの主導者は誰か」をご覧ください。


「丹後国風土記逸文」の浦嶋子伝説

「丹後の国の風土記にいう、

与謝の郡。日置の里。この里に筒川の村がある。
ここに日下部首らの先祖で、名を筒川の嶋子という男があった。
生まれつき容姿は秀麗で、風流なことは比較すべきものもなかった。
これは世にいうところの水の江の浦の嶋子という者である。

このことはすべてもとこの国の国司であった
伊予部馬養連が書いていることとすこしも違っていない。
それ故、簡単にそのいわれを述べよう。

長谷の朝倉の宮に天の下をお治めになった天皇(雄略天皇)の御世に、
嶋子はひとり小船に乗って海の真っただ中に浮かんで釣りをしたが、
三日三晩たっても一匹の魚さえとることができず、ただ五色の亀をとることができた。

心中不思議な思いで船の中に置いてそのまま寝てしまうと、たちまちに亀は婦人となった。
その顔かたちの美しさはたとえようがなかった。

嶋子は尋ねて
『人家ははるかに離れて、海上には人影もない。
それなのに忽然として現れるとはいったいどこのお方なのか』というと、

女娘は微笑して答え
『風流なお方がひとり大海原に浮かんでらっしゃる。
親しくお話ししたいという気持ちをおさえ切れず、風雲とともにやって来ました』
といった。

嶋子はまた訪ねた。
『風雲はいったいどこから来たのか』。

女娘が答えていうには、
『天上の仙家の人です。どうか疑わないで下さい。
語らいあって打ち解けてくださいませ』といった。
そこで嶋子は神女であることを知り、恐れ疑う心が静まった。

女娘は語って
『わたしの心は、天地と終わりを同じくし、
日月とともに極まるまで、あなたと永遠に添いたいと思います。』といった。

嶋子は答えて、
『なに一ついうことはありません。
どうして(あなたを愛する心に)ゆるむようなことがありましょうか』といった。

女娘は『それではあなた、
棹をとり直して蓬莱山(とこよのくに)に行こうではありませんか』といった。

嶋子が従って行こうとすると、女娘は注意して目をつぶらせた。
と思う間もなく、海中の広くて大きい島に着いた。

地には玉を敷いたように美しく、高い宮門は大きな影をおとし、
楼殿はあざやかに照り輝き、いまだかつて見たこともなく、
耳に聞いたこともないところであった。

二人は手をとりあってゆったりと歩いて、一つの大きな邸宅の門に着いた。
女娘は、『あなたはここでちょっと待っていて下さい』
といって門をあけて中に入っていった。

すると七人の童子がやってきて、互いに語り合って
『この人は亀比売の夫だ』と言った。

また八人の童子がやってきて、
互いに語り合って『この人は亀比売の夫だ』といった。
そこであの女娘の名が亀比売であることを知った。

そこへ女娘が出てきたので、嶋子は童子たちのことを語った。
女娘は、『その七人の童子は昴星です。八人の童子は畢(あめふり)星です。
怪しまないでください』といって、先に立って案内し、内に引き入れた。

女娘の父母はいっしょに出迎え、挨拶のお辞儀をして座についた。
そして人間と仙都との差別を説明し、人と神とが稀に出会えたことの喜びを語った。

そこで数百品の芳香のある食べ物をすすめ、兄弟姉妹たちは杯をあげてやりとりをし、
隣の里の洋徐たちも美しく化粧をして接待をして戯れ遊んだ。

仙歌は声もさわやかに、神の舞は手ぶりもなよやかに、
饗宴のさまは人間世界に数万倍した。

まったく日の暮れたのも忘れたが、ただ黄昏時になって
たくさんの仙人たちがしだいに退散すると、女娘がひとりとどまって
肩を寄せ合い袖を交わし、夫婦の語らいをした。

時に嶋子は旧俗(ふるさと)を忘れ、千都に遊ぶこと三歳を経過した。
たちまちに郷里を思う心がまき起こり、ひとり両親を恋い思った。

それで悲哀の情がはげしくおこり、嘆きは日ましに強くなった。
女娘は問うて、『このごろあなたの顔色を見ると、いつもの様子と違っています。
あなたの思ってらっしゃることを打ちあげて下さい』といった。

嶋子は答えて、『古人は、世の常の人間は郷土を思い、
狐は自分の古巣の山の方を頭にして死ぬとかいっています。
自分はそれを嘘だと思っていましたが、今それはまことだと知りました』といった。

女娘は問うて『あなたは帰りたいのですか』というと、
嶋子は答えて、『私は近親や知り合いの人から離れて遠い神仙の境界に入りました。
それを恋いしのぶ心をおさえることができないで、
軽率な思慮のほどを口に出してしまいました。
できれば、しばらくの間もとにいた国に還って両親にお会いしてきたいものです』
といった。

女娘は涙を流して、
『私の心は金石と同様、千年も万年もと期していたのに、
郷里のことを思い出して私をたちまち棄て忘れてしまうとは・・・』と嘆いていった。

そして二人手をとりあってさまよい、語り合い、なげき哀しんだが、
ついに袂をひるがえして立ち去り、岐路についた。

ここにおいて女娘の父母と親族たちは別れを惜しんで送った。
女娘は玉匣をとって嶋子に授けていうには、
『あなたは本当に私を忘れないで、恋い尋ねてくださるのならば、
この匣をしっかり握って、決して開いてみてはいけません』と。

すなわちお互いに分かれて船に乗って目を眠らせると、
たちまちにもとの郷里の筒川の郷に着いた。

そこで嶋子は村里をつらつら眺めてみると、
人も物も移りかわって、一向に頼るべきところもなかった。

かくで里びとに
『水江の浦の嶋子の家の人たちは今どこに住んでいるのでしょうか』と聞いた。

郷人は答えていった。
『あなたはいったい何処の何者で、そんな遠い昔の人のことをきくのですか。
私が古老たちのいい伝えを聞いたところでは、ずっとさきの世に
水江の浦の嶋子というものがあって、ひとり海に遊びに出たきり二度と還ってこない。
今までに三百余歳を経ている、ということです。
なんで突如としてそんなことを聞くのだろう』と。

そこで、絶望の心をいだいて郷里をあるき廻ったけれども、
ひとりの親しい人にもあわず、すでに十数日たってしまった。

そこで玉匣を撫でて神女のことをしみじみとしのんだ。
かくて嶋子はすぎた日に約束したことを忘れ、ただちに、玉匣を開いた。

すると一瞬のうちににおうがごとき若々しさは風雲とともに蒼空に飛び去ってしまった。
嶋子は、もはや約束にそむいたので、また再び会い難いことを知って、
頭をめぐらしてたたずみ、涙にむせんでさまよった。
ここに涙をぬぐってうたった。

常世べに 雲たちわたる 水の江の 浦島の子が 言持ちわたる


神女ははるかに芳香を飛ばして歌った。

大和べに 風吹き上げて 雲離れ 退き居りともよ 吾を忘らすな


嶋子はまた恋の思いにたえかねて歌った。

子らに恋い 朝戸を開き 吾が居れば 常世の浜の 波の音聞こゆ


後の時代の人がそのあとに付けくわえて歌った。

水の江の 浦島の子が 玉匣 開けずありぜば また逢わましを
常世べに 雲たちわたる たゆまくも はつかまどいし 我れぞ悲しき


▼風土記の丹後国の風土記逸文にあります



<丹後国の風土記の浦の島子の作者は誰か?>

文中に、「このことはすべてもとこの国の国司であった
伊予部馬養連が書いていることとすこしも違っていない。」
・・・と書いています。

したがって、浦島伝説の大元のルーツは、
丹後国司であった伊予部馬養(いよべのうまかい)だと結論付けて良いでしょう。
(日本書紀の続守言も、この伊予部馬養が書いた浦嶋子の物語を見たのでしょう)

なお、伊予部馬養は、丹後国司であったので、
丹後の地にまつわる伝承を、物語として書き残したとも考えられます。


「万葉集」の浦嶋子伝説

<万葉集 巻第九 雑歌 1740>

曽相来
水江の浦嶋の子を詠める一首あわせて短歌

春の日の 霞める時に 墨吉の 岸に出で居て 釣船の とをらふ見れば 古の
事そ思ほゆる 水江の 浦嶋の子が 堅魚釣り 鯛釣り矜(ほこ)り 七日まで
家にも来ずて 海界(うなさか)を 過ぎて漕ぎ行くに 海若(わたつみ)の
神の女に たまさかに い漕ぎ向ひ 相誂(あひあと)らひ こと成りしかば かき結び
常世に至り 海若(わたつみ)の 神の宮の 内の重の 妙なる殿に 携はり
二人入り居て 老いもせず 死にもせずして 永き世に ありけるものを 世の中の
愚人の 吾妹子に 告げて語らく 須臾(しましく)は 家に帰りて 父母に
事も告らひ 明日のごと 吾は来なむと 言いければ 妹がいへらく 常世辺に
また帰り来て 今のごと 逢はむとならば この篋(くしげ) 開くなゆめと そこらくに
堅めし言を 墨吉に 還り来たりて 家見れど 家も見かねて 里見れど 里も見かねて
怪しみと そこに思はく 家ゆ出でて 三歳の間に 垣も無く
家滅せめやと この筥を 開きて見てば もとの如 家はあらむと 玉篋
小し開くに 白雲の 箱より出でて 常世辺に 棚引きぬれば 立ち走り
叫び袖振り 反側(こいまろ)び 足ずりしつつ たちまちに 情消失せぬ 若かりし
皮も皺(しわ)みぬ 黒かりし 髪も白けぬ ゆなゆなは
気さえ絶えて 後つひに 命死にける 水江の 浦嶋の子が 家地(いへどころ)見ゆ

<万葉集 巻第九 雑歌 1741>

反歌
常世辺に 住むべきものを 剣刀 己が心から 鈍やこの君


万葉集(二)の巻第九 雑歌 1740‐1741にあります



<万葉集の浦の島子の作者は誰か?>

上記の万葉集は、浦島伝説の舞台が、大阪住吉になっていることや、
季節が、春なので、「日本書紀」や「丹後国の風土記逸文」とは、若干趣が違います。

作者は高橋虫麻呂とされます。
奈良時代初期の歌人で、719年(養老3年)、
藤原宇合が常陸守であった頃に宇合の下僚になっています。

文武天皇4年(704年)に、伊余部馬養が大宝律令撰定の功で禄を授けられているので、
時期的に見て、万葉集の歌は、高橋虫麻呂が伊予部馬養の原作を見て、創作したと思われます。


取りあえず、以上が、浦島太郎の原作と作者でした。
そのうち、浦島太郎の謎解きも、チャレンジしてみたいと思います。


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