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2015年3月25日
更新が遅くなって申し訳ありませんm()m
管理人の"気分的"な問題で、、、昨今、更新が少々滞っております。
ま、今回は、今まで4回程お送りしてきた福井県小浜市の『お水送り』について、、、
その「考察編」をまとめたいと思います^^;
『お水送り』の神事が持つ真の意味とは何なのか?その意味を、謎解きします。
▼鵜の瀬の上に置かれた松明と飛び交う火の粉
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前回の『考察編1』においては、
若狭姫神社が、妊娠出産に大きく関わっている事を示しました。
▼若狭彦神社(若狭彦神社・上社):祭神は若狭彦大神(彦火火出見尊(山幸彦))
▼若狭姫神社(若狭彦神社・下社):祭神は若狭姫大神(豊玉姫命)
その上で、『お水送り』のスタートとして下根来八幡宮で行われる山八神事は、、、
「山」と「八」ですので・・・
山幸彦の「山」と、八尋和邇の「八」
「山八」の文字には、上記のような意味があるのではないか?と考察しました。
※ただし、地元の人には「山は山のように、八はたくさんという意味で、豊饒を祈るものらしい」と、伝わっているらしい
特に興味深いのは、豊玉姫が出産時に姿を変えたとされる八尋和邇の「八」が、
「山八神事」の文字として、使われている事です。
単に豊穣を祈るだけなら、豊玉姫の「豊」の漢字を取って、「山豊」神事でも良かったはずです。
しかし、そうではなく、豊玉姫の出産時の八尋和邇の「八」があると言う事は、、、
やはり、妊娠出産の結果として生まれてきた、
御子の、ウガヤフキアエズ(鵜草葺不合命)が重視されているからなのでしょう。
また、『お水送り』の神事は、最後は、鵜の瀬で行われますが、、、
この「鵜」もまた、ウガヤフキアエズ(鵜草葺不合命)の「鵜」と絡んでいるように思います。
▼鵜 ※記紀で出てくる鵜は、ウミウ(海鵜)と思われます
このように、「鵜」は、若狭姫(豊玉姫)の妊娠出産と深く関わってそうですが・・・
いまいち、『お水送り』が火祭りの性質を持っている事と、
「鵜」がお水送りで重要視されている事とは、、、その繋がりが見えてきませんね。
そして、(ウガヤフキアエズという理由意外に)なぜ、「鵜」でなくてはならないのか???
その辺を、今回、考察していきたいと思います^^
まず、その考察をする前に、、、もう一度、鵜の瀬にある由緒書きを載せておきます。
▼鵜の瀬のご由緒書き
<「鵜の瀬」由緒記 案内板より>
天平の昔、若狭の神願寺(神宮寺)から奈良の東大寺にゆかれた印度僧実忠和尚が大仏開眼供養を指導で、753年(天平勝宝5年)に二月堂を創建し修二会を始められ、すべての神々が参列されたのに、若狭の遠敷明神(彦姫神)のみは見えず、ようやく二月十二日(旧暦)夜中一時過ぎに参列された。
それは川漁に時を忘れて遅参されたので、そのお詫びもかねて、若狭より二月堂の本尊へお香水の閼伽水を送る約束をされ、そのとき二月堂の下の地中から白と黒の鵜がとび出て、その穴から泉が湧き出たのを若狭井と名付けその水を汲む行事が始まり、それが有名な「お水取り」である。
その若狭井の水源がこの鵜の瀬の水中洞穴で、その穴から鵜が奈良までもぐっていったと伝える。この伝説信仰から地元では毎年三月二日夜この淵へ根来八幡の神人と神宮寺僧が神仏混淆の「お水送り」行事を行う習いがある。
上記のご由緒書きにも、なぜか唐突に「鵜」が出てきています。
「白と黒の二匹の鵜が、鵜の瀬の水中洞穴で、奈良の若狭井までもぐっていった」と
伝わっていますが、、、もちろん、現実はそんな事はあり得無いわけです。
したがって、ここでの鵜は、何かの比喩と見なした方が良いでしょう。
「鵜」に何を仮託しているのか?と言うのが問題です。
それが分かれば、『お水送り』が火祭りの性質を持っている事と、
何か繋がりが見えてくるかも知れません。
そういう事を考えつつ、、、
もう一度、今度は、『お水送り』のパンフレットに、目を落してやります。
ここには、「神宮寺」から「鵜の瀬「」へ行くまでの
松明(たいまつ)行列の様子がイラストで描かれています。
ここで、この先頭の方の集団を良く見て下さい。
3人の法螺師(3人の山伏)の後に、一番大きな松明(大籠松明)を持った
3人一対で構成された、白黒鵜童子と呼ばれる集団が居るのが分かります。
この松明行列においては、大松明、中松明、手松明と、
3種類の大きさの松明を持った人が出て来ますが・・・
この松明の大きさは、そのまま"神事の役割の重要度"を表しているように思います。
つまり、、、
一番大きな大籠松明を持っている白黒鵜童子こそ、この神事で最重要存在である!
・・・と言う事になるのではないでしょうか。
▼神宮寺にあった大籠松明(大松明)
奈良に水を送り届ける事が、この神事の持つ意味なので、当然と言えば当然なのですが、
この白黒鵜童子の存在を考えてみると、色々な事が分かってきます。。。
この白黒鵜童子ですが、、、非常に面白いのが、まず、そのネーミングです。
下記の通り、白黒鵜童子が持つ大籠松明(大松明)は巨大ですので、
和尚さんが二人がかりで運び、残り四人の和尚さんがサポートしています。
▼白黒鵜童子
大人の和尚さんが持つ大松明であるにも関わらず、白黒鵜童子です。
童子(どうじ、わらし)とは、一般的には、子供および児童ですから、、、
この「白黒鵜童子」と言う名前は、ネーミング的に何か変に思いますね。
ですが、このネーミングが、山幸彦と豊玉姫命が結ばれた結果生まれた、
ウガヤフキアエズ(鵜草葺不合命)という童子であると考えれば、納得ですね^^
したがって、白黒鵜童子の「童子」というネーミングには、
豊玉姫命が生んだ、鵜の童子である鵜草葺不合命が、仮託されているのかも知れません。
次に、白黒鵜童子について、大事な事を言いますと、、、
一般的に言って、「鵜」は、黒色のみしか存在していません!
日本にいる「川鵜」「海鵜」は、基本的に下記のように黒色の羽色をしています。
白色の「鵜」なんて居ないのです!
▼日本には黒い鵜しか居ない
まぁ、例外的に言えば、、、
広島県三次市の鵜飼にのみ、白い鵜が4羽居ることには居ます。
しかしながら、この白い鵜は、中国四川省からの寄贈品であって、日本産ではありません。
現在の日本では、海外から寄贈されたもの以外で、白い鵜は存在してません。
▼三次の鵜飼の白い鵜
【画像は三次の鵜飼より引用】
多分、古代においても、日本には白い鵜は居なかったと思いますし、
白い鵜は、鵜飼にも利用されてなかったと思われます。
だとすると、、、なぜ、白黒鵜童子なのか?という問題になるのです。
敢えて日本に存在しない「白い鵜」をこの神事で表現しているのは何のためか?
・・・と言う問題に行きつく訳です。
そして、この存在しえない白い鵜の問題を考えた時に、導き出される答えが、、、
道教の陰陽の理なのです。
道教の理と言えば、、、一番有名なのが、下記の太極図ですね。
管理人は、この太極図にこそ、なぜ、「鵜」が重んじられ、、、
なぜ、お水送りで、白黒鵜童子が必要なのか?という理由が隠されているように思います。
▼太極図
すなわち、奈良の二月堂の若狭井に現れた"二匹の白黒の鵜"とは、
上記の対局図の「陰の部分」と「陽の部分」をそれぞれを合わせて、
二匹だと言っているのだと思います。
陰・・・黒い鵜
陽・・・白い鵜
ただ、陰陽道の陰陽が、白黒鵜童子の白黒に対応しているとしても、、、
それが必ずしも「鵜」である必要はありません。
したがって、「鵜」とされるのには、何らかの意味が封じられているように思います。
(その辺に、宮内庁が御料鵜飼を保護している理由もあるように思います)
ですが、、、その辺がなかなか見えて来ません。
こう言う時は、もう一度、資料を良く見てみましょう。
パンフレットを見ますと、白黒鵜童子にも、順番があります。
先頭は、白の鵜童子(陽)で、、、その後に、黒の鵜童子(陰)が続きます。
▼白黒鵜童子
白の鵜童子が先で、その前には大松明の火もあることから、、、
あくまで主役は「陽」だと思います
そして、今度は方位で考えてみますと、お水送りをする若狭の鵜の瀬は、、、
お水取りが行われる、東大寺(平城京の近く)から見ると、真北に位置します。
この真北は子の方角で、水(陰)を表しますが・・・
八卦で言えば、子の方角は「地雷復」と言い、一陽が萌す場所でもある訳です。
ここまで分かれば、「鵜」というのが何を示すか分かってきますよね^^
すなわち、鵜の瀬のご由緒書きにもあったように・・・
「鵜」とは、鳥の中でも、水を掻い潜(くぐ)る性質のある鳥です。
全陰の真北の地において、陰の象徴である水をくぐりながら、
一陽である「火」をもたらす象徴、、、それが、「鵜」なのではないでしょうか?
だからこそ、この地で行われる「お水送り」は、火祭りなのだと思われ、
これは、太極図の「陰中の陽」を作っているとも言えるのではないでしょうか。
▼思いっきり火を焚いて、「陽」をもたらす!
▼大量の水(陰)の中で火を灯す=「陰中の陽」
▼太極図の「陰中の陽」の状態(上が南、下が北)
言ってみれば、「鵜」は、陽をもたらし、都に春を呼んでくる鳥であり、
陽の復活をもたらすために、全陰の水をかいぐぐる鳥なのです。
だからこそ、この「鵜」というのは、珍重されたのではないでしょうか?
このように、お水送りとは、都に春を呼ぶための、壮大な陰陽道による儀式です。
言ってみれば、このお水送りがあることで、
日本に四季の移り変わりをもたらしているのかも、、、知れませんね。
ちなみに、このお水送りの謎を解きシリーズでは、鵜草葺不合命という、
言ってみれば、「鵜」が暗示された天皇家の始祖をクローズアップしましたが・・・
実は、このウガヤフキアエズは、後に玉依姫(豊玉姫の妹)を娶り、神武天皇を産みます。
いわば、その後の日本の天皇家を作る上での始祖とも言える言える人物なのです。
そして、その一方で、、、
なぜか、日本書紀には、もう一人だけ名前に「鵜」を持つ天皇がいます。
それは、、、持統天皇(鵜野讃良姫)です。
そして、この持統天皇は、日本書紀の最後の天皇です。
▼持統天皇
日本書記の人代は、神武天皇(男)に始まり、持統天皇(女)で終わっています。
神武の父親が、鵜草葺不合命(男)ですから、、、
日本書紀は、なんとなく、「鵜」の性質を見抜いたうえで、
道教の陰陽の理を持って、製作されている、、、としか思えない訳です。
鵜草葺不合命(男)は、海と陸との間の渚(なぎさ=波瀲)で生まれ、
鵜野讃良姫(女)は、最後は火葬によって焼かれている、、、というのも暗示的です。
もしかしたら、日本書紀製作者は、
「鵜」の水をくぐる力によって、再びの復活を、願っていたのかも知れませんね。
以上、若狭のお水送りの考察でした^^
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<余談>
「鵜」は水を潜る鳥ですが、、、
聖書の歴史でも、水を潜ることは、非常に重要視されています。
ノア大洪水は、箱舟によって水をくぐり抜けていたり、
モーゼは、紅海の海原の水の中を、くぐり抜けています。
キリスト教の洗礼(バプテスマ)は、現代においては滴礼で済ませる処も多いですが、
浸礼で水に浸ってくぐり抜けるのが本来の洗礼のやり方だと思われます。
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